第1話
雨の五反田、夜のネオンが濡れたアスファルトを照らし、どことなく明るく、ワクワクさせる。
今日も真っ直ぐ自宅には帰れないだろう・・・
出会いと別れが融合するこの街が、家路へと向かうはずの僕の足を離さない。
携帯電話で時間を確認すると、妻と子供の顔が飛び込んできた。
まっすぐ帰ろう。
山手線の駅までは、歩いて4分、駅の方だけを見つめて歩かないと、気持ちが揺らぎそうになる。
すれ違う人たちの表情がやけに楽しそうに見えて仕方がないからだ。
気持ちを抑え、駅の改札に着いた。
改札の前で、鞄の奥底に無造作にしまってある定期入れを探していると、後ろの方から声が聞こえたんだ、
通行の邪魔になるからどいてくれと。
僕は慌てて改札横の花屋さんの壁にもたれかかった。
『あれ、先輩じゃないですか?』
聞き覚えのある、鼻にかかったその声は、2年前にアルバイトをしていた時の後輩、持田祥子だった、愛想の良い人柄で人気者、みんなの憧れだった。
『スーツがビショビショですね、これハンカチです使ってください』
『あ、ありがとう』
そっけない僕の対応に、持田は笑いながら言った。
『そっけないところ、昔と変わりませんね』
たわいもない会話だった、以前と変わらぬ笑顔だった、以前と違うのは、二人とも大人になっていた。
『先輩はこれからお帰りですか?』
『うん』
『持田は何してんの?』
ちょっと照れた様子で
『これからデートです。』と明るく言った。
『そっか、楽しんでね。あ、電車に乗り遅れるから・・・』
僕はそう言って、慌てて改札を通った、階段を駆け上がり、渋谷行き2番ホームの山手線に飛び込んだ。
左ポッケトに、ハンカチを入れたまま。
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